こんにちは。
先日の記事でランドセルのことを書きましたが、甥っ子は今日ランドセルを買いに向かいました。
本人は小学校入学が相当楽しみのようです。青系のランドセルにするようで、ウキウキしながら車に乗って去っていきました。
小学校低学年の記憶はもうほとんど残っていません。
というよりも思い出したくないような恥ずかしいエピソードが多いです。
少しませていた私は、入学当初からなかなかイタい感じの子どもだったなぁと今思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしくなります。
小学校に入学した当時の私は、年の離れた兄がいた影響でしょうか、仮面ライダーやウルトラマンなどに全然興味が無く、ダウンタウンの番組などバラエティ番組ばかりを見ていました。
そんな事もあってか、話す言葉は子どもっぽくないというか、可愛げのない子どもだったように思います。
冒頭でも書きましたが、イタい感じの仕上がりだったものですから小学校入学してすぐの1学期の学級委員に自ら立候補するというイタさ加減でした。しかもこの後に学級委員は3年生まで立候補し続けました。
自分で言うのもオカシイですが、その時の私は”優等生”感が全開だったと思います。
当時の私のエピソードとして記憶に強く残っているものが2つあります。
・クラスのお調子者のS君が私の耳元で大きな声を出した際「鼓膜が破れるからやめて」と言い放
つ
・50代半ばくらいの女性教師に「結婚したいのはダレ?」と自ら聞いて「ふじさわ君」と答えられて悦に浸る
この2つのエピソードだけなぜか未だに覚えています。
絶妙に気持ち悪い小学1年生ですね。
幸いなことにイジメられることもなく、すくすくと成長することが出来ました。
せっかくなのでざっくりと小学生時代を振り返ってみようと思います。
小学2年生ぐらいには、兄の部屋に侵入して今や伝説となった菅野美穂のヌード写真集『NUDITY(ヌーディティー)』を貪るように眺めていました。ませたガキですね。
小学3年生では体調の悪さを隠せずに廊下でゲロをぶちまけるというイジメのきっかけになりかねない事件を起こしてしまいました。幼馴染のまつだ君が隣で貰いゲロをしていた映像が今でも蘇ってきます。
小学4年生は何があったかなぁ。4年生に関しては全く記憶に残ってないんですよね。でもこのタイミングで学級委員に立候補するのをやめました。この頃ぐらいからはイタさも多少影を潜めた気がします。
小学5年生、太り始めていたのでダイエット目的でサッカーを始めました。
思い返せば5年生の時に心も体も急激に成長した気がします。ある意味内容の濃い学年だったのかもしれません。
体の成長が一気に始まり、チク痛(乳首にしこりが出来る思春期男子の淡い思い出)が発動して、真顔で兄に「ガンかもしれない」と相談したりしていました。
この頃に性に対して興味を持ち始めて、男性器口唇愛撫や女性器口唇愛撫の名称を覚え始めました。所謂フェラチオとかクンニリングスですね。
書いていて思い出したエピソードをひとつ。
街中とかで耳にしたメロディーを口ずさんでしまったり、直前に聞いた言葉が印象に残っていてつい発してしまうこととかってありませんか?
フェラチオという言葉を覚えたての5年生当時の私には、性的な話題を共有することが出来る唯一無二のJ君という友達がいました。
いつものようにそのJ君と談笑していた時に、「フェラチオ」という言葉が飛び交っていたわけなんですが、そこにちょっかいを出しに来たY君。
恐らく直前のワードが耳に残っていたんでしょうね。
Y君はJ君の首を絞めながら教室中に聞こえる声で「フェラチオッ!!フェラッ!!」と大きな声で叫んでいました。
あの時の女性担任教師の目は今でも忘れません。
Y君はその当時「フェラチオ」という言葉の意味を知りません。きっと語感が良かったからつい言ってしまったんでしょうね。
今ではそのY君とは疎遠です。
というわけで5年生は心も体も大人に成長し始めた学年ということですね。
小学6年生はというと、特にないですね。陰毛が生えたくらいですわ。
普通に小学校を卒業しました。
こうやって一年ごとに振り返ってみるのもけっこう面白いものですね。
ごちゃごちゃして読みにくくなってしまいましたが、今日はこんなところで。
甥っ子も楽しい小学校性活が送れるといいなぁ。
というかちょっぴり下品になってしまいました。気分悪くされた方居たらごめんなさい。
このブログ読んでるの2人くらいですけど。
それではまた。
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